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『クレイジー・リッチ!』を観た中国系アメリカ人の記者が語る自身の経験がtwitterで話題に

概要

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"Crazy Rich Asians"(原題) はジョン・M・チュウ監督、コンスタンス・ウーとヘンリーゴールディング主演の、同名の小説を元にしたラブコメ映画で、米国では8月15日公開、日本では『クレイジー・リッチ!』として9月28日に公開予定のアメリカ映画です。日本の配給会社が邦題を決定する際にこの映画の重要な要素である「アジアンズ」をまるまる省いてしまったことにはいまいち納得がいかないのですが、それについてはあとで書くことにします。

中国系アメリカ人でハフィントンポストの記者、Kimberly Yamさんが映画を観たのがきっかけで語った経験の投稿が感動的だったので訳してみました。

 

ツイート 

 私は8歳だった。3年生のクラスが中華料理のデリバリーを頼み、私の父が配達に向かった。私は学校で父に会えることで有頂天になった。彼は私のヒーローだったからだ。しかし他の子どもたちは彼のことをどうも格好いいとは思わなかったらしい。彼らは父のことを笑い、アクセントを真似た。私は中国系であることが嫌になった。

私は9歳で、バレエの合宿に参加していた。他の女の子が私のことを「嫌っている」と誰かが伝えに来た。彼女は私の瞳が「醜い形」をしていると思っているようだ。私はまだその言葉がいかに傷つくか形容する語彙を知らない。それなのに、アジア人の特徴を持つ自分の顔が本当に嫌になった。私は中国系であることをもうやめたいと思った。

 

私は16歳だった。ハロウィーンの季節で、二人の生徒が「アジア人観光客」の仮装をして登校した。彼らはテープで目を吊り上げ、首にカメラを下げ、下手なピースサインをしていた。私は居心地が悪くなった。この仮装を不快に思うか聞かれたとき、私はノーと答えた。

私は周りからつまらない子だと思われたくなかったので、 他の人と一緒に笑った。私は中国系であることをもうやめたいと思った。

私は17歳だった。大学に進学し、他のアジア系の学生に出会った。彼らは私が一度も持ちえなかった誇りを持っていた。ある男の子と出会ったとき、彼は私がなぜ家族と同じ言葉を話せないのか不思議がった。なぜ私の大好物がグリルドチーズで、小龍包じゃないのかとも。私は家族が伝統的な生活をしてこなかったからだと答える。
でも、私はずっと前に文化を拒絶していたことを自覚していた。中国語を話すことをやめ、母の料理を「気持ち悪い」と言っていた。めちゃくちゃだったが、突然ピンと来た。忌み嫌っていた自分自身のルーツを取り戻すのに必死だった。私ははじめて中国系になりたいと思った。

私は20歳だった。過去の数年間、自身のアイデンティティを取り戻すように過ごした。家族の名前をタトゥーにして体に刻んだ。その漢字は永遠にそこにある。私は昔のような思いにさせることを誰にも許さなかった。私は中国系であることを愛していた。
私は25歳だ。すべてのキャストがアジア系の映画をスクリーンで観て、なぜか涙が止まらなかった。このような配役をハリウッドで一度も観たことがなかった。すべての人は美しい。私は中国系であることが幸せ。#CrazyRichAsians #RepresentationMatters

感想

 彼女が一連の経験のツイート群の最後に#RepresentationMattersというハッシュタグを付けているのがすべてだし、それこそがオールアジア人配役であることの意義ですよね。ハリウッドのショービズ業界においてアジア人はキャスティングされることが少なく、ようやく役を手に入れてもネイルサロンの店員やIT業界の男性など「いかにも」なステレオタイプの端役で、メインキャラクターとして出番が回ってくることは少ないという現状*1から変化をもたらす重要な作品になってほしいと思います。

フィクションの表象のなかでマイノリティであることでなかなか存在感を示せないというのは単に映画やドラマでアジア人を見かけることが少ないよね、さみしいね、というだけの問題ではありません。現実の社会において俳優の仕事のチャンスが手に入れられない、そもそも製作会社のメンバーも名門大学出身の白人男性と少しの女性や有色人種で構成されてていて、彼らが自分たちの経験を語るためアジア系は創作に出てこないというさまざまな要因が絡まり合って「アジア人の表象が少ない」問題が発生しているわけです。そこで「これだけ不可視化されている現状があるのだから『自分の経験や考えを表で語るのが大切』」= #RepresentationMatters というもとのハッシュタグの話に繋がるんですよね。

上記のような背景から、アジア系へのエンパワメントとしても評価されている作品なので邦題が『クレイジー・リッチ!』で公開予定である理由がパッと思いつきません。あらすじを読む限りそもそもアジア系のアイデンティティと切り離せない作品らしいので、最悪「クレイジー」と「リッチ」は外しても「アジアンズ」は入れたほうがよかったんじゃないのかな~。九月になったら見に行くけどね。